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創作物語に過ぎなかった

 

何も知らないストーン氏は女の最後の言葉を聞いて笑い出した。

「ハハハハ。先生は大変に学問の好きなお方ですね。そうして大変に真面目なお方でいらっしゃいますね」

「はい。嘘を云う事が一番嫌いでございます。人間は誰でもお金持になれるとは限らない。けれども嘘を云う事と、怠ける事さえしなければ、その人の心だけは、屹度幸福に世を送られるものだと、よく私に申しました」

 こう云いながら女は初めて眼をあげてストーン氏を見た。その言葉には処女らしい熱心さが充ち満ちていた。ストーン氏はその美に打たれたように眼を伏せながら、念入りにうなずいて見せた。そうして気を換えるように微笑を含みながら云った。

「貴女は先生がお留守の時淋しくありませんか」

「いいえ。ちっとも……」

 と女は力を籠めて云った。

「私がここに居りますのはお城の中に居るよりも安心でございます。この家の主人の眼が、どんなに遠くからでも見張っていてくれるからでございます。その手は今でもこの家を守るために暗の中に動いているのでございます。そうして妾を安心して睡らしてくれるのでございます」

 この言葉は如何にも日本人らしくない云い表わし方だと思ったが、ストーン氏は却ってよくわかったらしく、如何にも感心した体で肩をゆすり上げた。

「先生は本当に豪いお方です」

「はい。私は親よりも深く信じて、敬っているのでございます」

 ストーン氏は又一つ深くうなずいた。そう云う女の顔をじっと見詰めて、軽い溜息を洩らした。

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