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彼女のいう成功とは

 

彼女はその服装では、一つだけ失敗していた。彼女の服装が時に滑稽に見えるということに、気がつかなかったのだ。これは重大な手落ちだ。すくなくとも、春隆はそんな貴子の恰好を見て、噴き出したくなっていた。

 しかし、春隆という男に、もし取得というものがあれば、いんぎんなエティケットがわずかにそれであろう。

 春隆は噴き出す代りに、彼女の時計をほめてやることにした。ダイヤの指輪をほめるには、春隆は余りに侯爵だったし、だいいち、せっかくのショートパンツとワイシャツにダイヤはぶちこわしで、ふとパトロンのある女の虚栄のあわれさであった。――時計は型が風変りだったのだ。

「拝見!」

 時間や分秒のほかに、日付や七曜が出て来るその時計を、覗こうとすると、

「見にくいでしょう」

 貴子はにじり寄って、ぐっと体を近づけて来た。

「たしかに、見にくいですな」

 相槌を打ちながら、見にくいという言葉に「醜い」の意味を、春隆は含ませていた。

いきなり貴子から媚態を見せつけられて、さすがに春隆は辟易していた。

 このような場合、でれりとやに下るには、春隆は若すぎた。女にかけては凄い方だったが、四十男のいやらしさも冷酷さも、まだ皮膚にはしみついていず、一応はうぶに見えていたから、なるべく自分でもうぶに見せていた。

 いわば、首ったけ侯爵などと綽名されるような、純情な甘さの中に、女たらしの押しの強さをかくしていたのだ。――大して利口ではなかったが、馬鹿ではなかった証拠である。

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