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ストーン氏の日本語

 

思ったより巧くなって来た。どこで稽古したものか知らぬが、二年や三年の稽古ではこんなにハッキリした巧い調子に行くものでない。けれどもこれに対する女の返事は、あく迄も優しく弱々しかった。

「どう致しまして……。そして……あの……もし……御用でも……ございますなら……何なら……私が……」

「はーい。ありがとうございます」

 と云いながらストーン氏は一寸、室の中を見まわした。室内の一種異様な気分に気が付いたらしい。氏は机の上の骸骨と書物に眼を注いだ。それから背後の美人画と時計を気軽く振り向いた。そうして非常に失望したらしく眼をぎょろりと剥き出して、念を押すように厳重な口調で問うた。

「……それでは……サヤマ先生は……暫くお帰りになりませんね」

 女は何気なく答えた。

「はい、よくこうして出かけますので……長い時は一週間も……短かい時は一日か二日位で帰って参ります。時には夜中に帰って来たり、朝の間の暗いうちに帰って来たりする事もございますが、その留守はいつも妾が致しております」

 ストーン氏はちょっと妙な眼付をしたが、やがて又、何気なく尋ねた。

「……先生は……大変お忙しいお方ですね」

「はい。いつも外に出歩くか、さもない時には家に居りましても器械をいじったり、書物を調べたりして、むずかしい顔ばかり致しております。時々そんなような勉強に飽きて来ますと、妾を捕まえまして科学とか哲学とか英語のまじったむずかしいお話をしかけますけれども妾にはちっともわかりません。そうしておしまいに……わかったか……と申しますから……わかりません……と答えますと、いつでも淋しそうに笑って……お前にはそんな事は解らない方がいい……と申します」

医学部受験 現役合格

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