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古雪の町

 

自動車で乗りこんで来たというから、多分子供たちを取り戻しに逆襲しに来たに違いない。と、あわただしく報告するのであった。

「そう!」

 葉子はその時少し熱があって、面窶れがしていたが、子供のこととなると、仔猫を取られまいとする親猫のように、急いで下駄を突っかけて、母屋の方へ駈け出して行った。

 庸三は何事が起こるかと、耳を聳ててじっとしていたが、例の油紙に火のついたように、能弁に喋り立てる葉子の声が風に送られて、言葉の聯絡もわからないながらに、次第に耳に入って来た。継母というのが、もと葉子が信用していた召使いであっただけに、頭から莫迦にしてかかっているものらしく、何か松川の後妻としての相手と交渉するというよりも、奥さんが女中を叱っていると同じ態度であったが、憎悪とか反感とか言った刺や毒が微塵もないので、喧嘩にもならずに、継母は仕方なしに俯き、書生たちは書生たちで、相かわらずやっとる! ぐらいの気持で、笑いながら聞き流しているのであった。そうなると、恋愛小説の会話もどきの、あれほど流暢な都会弁も、すっかり田舎訛り剥き出しになって、お品の悪い言葉も薄い唇を衝いて、それからそれへと果てしもなく連続するのであった。ふと物の摺れる音がして、柘榴の枝葉の繁っている地境の板塀のうえに、隣家の人の顔が一つ見え二つ見えして来た。そこからは庸三の坐っている部屋のなかも丸見えであった。庸三はきまりがわるくなったので、にわかに茶の間へ出て行って見た。葉子は姐御のようなふうをして、炉側に片膝を立てて坐っていたが、

「お前なんぞ松川さんが愛していると思ったら、飛んだ間違いだぞ。おれ今だって取ろうと思えばいつでも取ってみせる。」

 という言葉が彼の耳についた。

武蔵野市 歯科

 

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