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畜生、おぼえていろ

 

根津は自分の座敷から脇差を持ち出して再び便所へ行った。戸の板越しに突き透してやろうと思ったのである。彼は片手に脇差をぬき持って、片手で戸を引きあけると、第一の戸も第二の戸も仔細なしにするり[#「するり」に傍点]と開いた。「畜生、弱い奴だ。」と根津は笑った。 根津が箱根における化け物話は、それからそれへと伝わった。本人も自慢らしく吹聴していたので、友達らは皆その話を知っていた。 それから十二年の後である。明治元年の七月、越後の長岡城が西軍のために落された時、根津も江戸を脱走して城方に加わっていた。落城の前日、彼は一緒に脱走して来た友達に語った。「ゆうべは不思議な夢をみたよ。君たちも知っている通り、大地震の翌年に僕は箱根へ湯治に行って宿屋で怪しいことに出逢ったが、ゆうべはそれと同じ夢をみた。場所も同じく、すべてがその通りであったが、ただ変っているのは……僕が思い切ってその便所の戸をあけると、中には人間の首が転がっていた。首は一つで、男の首であった。」「その首はどんな顔をしていた。」と、友達のひとりが訊いた。 根津はだまって答えなかった。その翌日、彼は城外で戦死した。

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