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古机に破れ椅子

 

四方の壁は印度更紗模様を浮かしたチョコレート色の壁紙で貼り詰めてある。天井には雲母刷り極上の模様紙が一等船室のように輝いている。床には毒悪な花模様を織り出した支那産の絨毯が一面に敷き詰めてあるし、窓に近い壁際の大机と室の真中の丸卓子には深緑色のクロス。又、その丸卓子を中にして差し向いに据えられた肘掛椅子と安楽椅子には小紋縮緬のカヴァーがフックリと掛けられている。

 そのほか窓際の小卓子の上に載っている卓上電話機の左手の大机の上に、得意然と輝いている卓上電燈の切子笠。その横に整然と排列されている新しい卓上書架。その上に並んだ金文字のクロス。凝った木製のペン架け。銅製のインキ壺。それから真中の丸卓子の上に並んでいる舶来最上の骨灰焼きらしい赤絵の珈琲機。銀製の葉巻皿と灰落し。……いずれを見ても成金華族の応接間をそのまま俗悪な品物ばかりである。

 ところでその中にも、この強烈な配合を作っている飾付けの全部を支配して、室中の気分を一層強く引き締めているものが三つある。その一つは正面の壁に架けてある六号型マホガニーの額縁で、中には油絵の裸体美人が一人突立って、両手を頭の上に組んで向う向きに立って草原の涯に浮かむ朝の雲を見ている。構図は頗る平凡であるが、筆者は評判の美人画家青山馨氏だけに、頗る婉麗な肉感的なもので、同氏がこの頃急に売り出した理由が一眼でうなずかれる代物である。その次は、これも正面の壁の左上に架かった金色燦爛たる柱時計である。蛇紋石を刻み込んだ黄金の屋根に黄金の柱で希臘風の神殿を象り、柱の間を分厚いフリント硝子で張り詰めた奥には、七宝細工の文字板と、指針があって、その下の白大理石の床の上には水銀を並々と湛えたデアボロ型の硝子振子が悠々閑々と廻転している。

幡ヶ谷 歯科

 

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