top of page

少し濃いめの白粉

 

どんな夢を見ようとするのか、少しの翳しも止めない晴々しい麗しさであった。彼女は紅い紋綸子の長襦袢を着ていた。

 庸三は何か荒々しく罵って、いきなり頭と顔を三つ四つ打ってしまった。

 葉子の黒い目がぽかりとしていた。

「私頭が大事よ。食って行かなきゃならないのよ。」

「何だ、そんな頭の一つ二つ。」

 そして傍で呆れている若い人たちと一緒に引きあげようとした。

「ちょっと。」

 寝ながらの葉子の声がした。庸三は瞬間後へ引き戻された。看ると葉子の表情がにわかに釈れて、融けるような媚笑が浮かんで来た。

「先生はいてよ。」

 白い手が差し延べられた。場合が場合なので、彼も今夜は彼女の魅惑には克つ由もなかった。退院後の葉子の健康は、しかしそのころまだ十分というわけには行かなかった。そしてそういうことがあってから後も、どうかすると熱発を感じたが、外科ではあるが、K――博士のくれる粉薬は、ぴったり彼女の性に合っていると見えて、いつも手提のなかに用意していたくらいだったので、少し暖かいところへ出てみたいと思っていた。庸三はちょうど新聞を書いていたから、一緒に行くのに都合がよかった。葉子も別に独りで行きたそうにも見えなかった。それに旅行というほどのことでもなかった。つい無思慮な二人の間の因縁の結ばれた郊外の質素なホテルで、余寒の苛々しい幾日かを過ごそうというだけのことであった。

薬学生の質問掲示板 定期試験・進級・CBT・薬剤師国家試験対策

bottom of page